ACCアラムナイ:アタ・ウォンさん(ACC 2021 香港)

長年にわたって演劇を作り続け、講師を務めてきたアタさんは、自身の作品への新しいアプローチ方法を熟考し、学ぶ機会を求め、ACCの助成を受け、2023年1月~7月の6か月間日本に滞在し、日本の伝統及び現代芸能を幅広くリサーチする活動を行いました。今回はこの滞在から得られた経験についてのリポートをお届けします。

「アタ・ウォン:京島での出会い旅」

日本での6ヶ月間の文化交流の旅では、私は芸術的な体験によって豊かになっただけでなく、京島という場所で素晴らしい人々に出会った。その人たちは、人生に対して楽観的ともいうべき感覚を持ち、自分の情熱に人生を捧げ、そこに生きる人々同士、お互いを真に支え合っていた。18歳のティーンエイジャーから93歳の賢明な年長者まで、あらゆる年齢の人々が生き生きと幸せに暮らしているのを目の当たりにし、本当に感動した。不満や心の重荷などはほとんどないように見えた。日本人はあまり感情を表に出さないとか、苦労を率直に語らない文化的特徴だと言われるかもしれない。

まるでロールプレイングゲームの主人公のように、主人公がクエストに乗り出し、多様なノンプレイヤーキャラクター(NPC)と出会うのは、とても幸運なことだ。会話や交流のひとつひとつが、ユニークなストーリーを生み出していく。私がこの旅で、京島で出会うことができた人々は、私の揺るぎない支柱となり、夢を追い求める私を励ましてくれた。さらに、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の支援により、私は自分の責任を一時的に脇に置き、日本の演劇創作の生き生きとした様々な現場にどっぷりと浸かる機会を得た。日本に到着すると、ACC日本財団の麻生和子理事長とスタッフが温かく迎えてくれた。彼女らのもてなしとサポートのおかげで、多くの日本のアーティストとの交流が充実し、それが墨田区京島の活気あるコミュニティとの出会いにつながった。


庄司恵巳さんは、イギリスとフランスで演劇を学んだビジュアルアーツ・キュレーターである。彼女は人と人とのコミュニケーションや関係性、人生と芸術のつながりを探求することに情熱を注いでいる。彼女は、ビジュアルアーツ・キュレーターとして、地元の日本人アーティスト海野良太氏とコラボレーションし、伝統文化と現代文化の融合を志している。現代生活や人間関係の現実を題材に取り入れながら、伝統的な絵画の技法や様式を用いて、軽やかさや微笑み、物語性を感じさせる作品を制作している。
ドキュメンタリー映画の監督や制作に携わってきた後藤大輝氏は、現在、地域の人々と、そこで行われるイベントをつなぎ合わせる試みを目指している。彼は、地域の空き家や老朽化した家屋を共同生活スペースとして再生させ、アーティストに手頃なスタジオや住居を提供することを目指している。この試みは、アートとコミュニティの草の根的で有機的な融合を象徴している。この地域は、高齢化と若い労働力不足に苦しんでいる。しかし、ビジュアル・アート・フェスティバル、シェア・レストラン、世代を超えた定期的な活動など、後藤大輝氏の取り組みを通して、この地域は豊かなコミュニティを体験できる、東京の他の観光地を凌ぐ、訪れる価値のある場所となっている。
武士道の崇高な精神を受け継ぐ後藤佑介さん(剣士)にも敬意を表したい。厳しい修行を通じて、深く内省し、人間と自然の間の複雑な関係を解き明かし、両者を調和のとれたひとつの存在にしようと努めている。長年の自己鍛錬の積み重ねが、日本剣道の真髄を世界中の旅人たちと分かち合いたいという後藤佑介氏の願望に火をつけ、現在、彼の門下生は世界各地に散らばっている。私は、日本の剣道が、単に力任せに剣を振るうだけではないことを深く理解した。剣道は、自尊心と他者への敬意という基本的な価値観を軸に、複雑な細部や神聖な儀式を包含するための修行である。日本の武道競技において、勝者が勝負の後に高らかに勝利の喜びを表現しないのは、敗れた相手に対する畏敬の念を示すためである。
この純粋でシンプルな個々人との接し方が、この半年間の私の経験から得た最も重要な要素であり、これからも私の原動力となるだろう。

盃(さかずき)》「さかづき」は、私が日本の伝統芸能である狂言で最初に習った演目である。狂言は600年以上の歴史を持つ演劇である。猿楽から発展したもので、観客とのユーモラスなやりとりがある。その内容はシンプルで即興的であり、しばしば庶民的なテーマ、民俗的な風習、口語的な言葉を用いて、貴族、武士、権力者を風刺し、人間の本性に共通する弱点を暴いて笑いをもたらす。
能楽師が教える養成所を見つけるのは不可能だ。能楽は専ら一族に伝承されるため、師匠に直接アプローチするしかないのだ。私は幸運にも、日本の劇団「青年団」を率いる平田オリザ氏の紹介で、人間国宝として知られる名能楽師、善竹十郎氏に会う機会を得た。豊富な経験を持つ善竹十郎氏は、4歳頃から祖父に能楽を習い始めた。若い頃に何度も海外を旅したため、多言語を操ることができ、英語で指導いただくことができた。
気づけば、私は滞在期間である丸6ヵ月を彼の元で学んでいた。私たちは謡と伝統舞踊を組み合わせ、優美さを備えた、シンプルで想像を超越する登場人物や物語を描くに至った。稽古が進むにつれて、先生は寛大にも私を能楽公演の伝統的な舞台に助手として招いてくれた。日本を発つ直前、私は先生の公演に参加するという素晴らしい機会に恵まれ、歴史的意義に満ちた舞台で、魅惑的な能の舞と謡を披露した。私たちは舞台を共にし、忘れられない思い出を一緒に作ることができた。
このような学習の機会は、まさに偶然の産物である。忍耐と辛抱がなければ、このような経験をする幸運には恵まれないかもしれない。現在、私は師匠の指導のもとで修行を続けているが、師匠も、いずれは私が師匠の名誉ある一門の一員となり、尊敬を集める能楽の演者となることを願っている。実は初めて会った時のエピソードがある。師匠は私に家族を紹介し、最近のパンデミックで不幸にも肺炎により急逝されたご子息の話をされた。悲しい出来事にもかかわらず、彼の顔には悲しみの跡はなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべていた。能楽の真髄は、技術的な熟練だけでなく、人生の数えきれない苦楽に立ち向かい、楽観的な姿勢を示すことにあることを教えられたようで、私は心を打たれた。

私はわずか6カ月という短い期間で、能楽と日本の伝統芸能を探求し、特に身体的鍛錬に魅了された。その過程で、剣術、居合道、舞踊、人形浄瑠璃、面作りなど、さまざまな分野の師匠たちから学ぶ素晴らしい機会に恵まれた。伝統の真髄を守ろうとする不屈の精神は、この旅の各場面で私を魅了した。


本当に際立っているのは、巨匠たちが自らの技能を探求する精神だ。彼らは、学ぶべきことは常にあることを謙虚に認めながら、惜しみなく自分の技術を披露してくれる。私と有意義な交流を持とうとする彼らの熱心さは、舞台芸術に対する私の理解を深め、芸術表現に対する深く多面的な理解を与えてくれた。
「一生懸命」とは、努力すること、自分の力を最大限に発揮すること、すべてを捧げてあることに取り組むこと、そして最終的にその技術や技能を極めることを意味する。

最後に、日本への文化交流の旅をサポートしてくださり、このような素晴らしい経験をさせてくださったACCに感謝の意を表したいと思う。また、すべてを手放し、未知の世界を探検する私を純粋な心で支えてくれた日本の友人や恩師たちにも感謝したい。この旅で得た豊かな成長の種は、私の肉体と精神の中に確かに深く植え付けられ、将来、その実が花開くことを私は心待ちにしている。

謝辞:
アジアン・カルチュラル・カウンシル
アジアン・カルチュラル・カウンシル香港
アジアン・カルチュラル・カウンシル日本財団
青年団
公益財団法人セゾン文化財団
平田オリザ
善竹十郎
善竹大二郎
後藤佑介
安田登
庄司恵巳
海野良太
後藤大輝

アタ・ウォンさん(ACC 2021 香港)
演出家、振付家、俳優、ムーブメント・コーチ、演劇講師。2017年香港芸術発展賞「若手アーティスト賞」(ドラマ部門)を受賞。香港演藝學院ダンス科を卒業後、パリのジャック・ルコック国際演劇学校で学ぶ。香港を拠点とするカンパニー、「テアトル・ド・ラ・フィーユ (Théâtre de la Feuille)」の創設者兼芸術監督。舞台芸術の支援と若い才能の育成に力を注いでいる。フィジカル・シアターの専任講師を務め、さまざまな教育機関で演劇への興味を喚起する講座を行っている。