貞尾昭二氏、貞尾(澤田)恒子氏からいただいたご寄附によって始められたイースト・ウエスト・ダイアローグは、クリティカルシンキング(理論的客観的思考と理解)の発展と、異文化間の対話、交流、理解を深めることを目指し、毎年、芸術文化のリーダーを招いた対話型のレクチャーシリーズです。

今年は、著名な日本の建築家である槇文彦氏(1976年ACCグランティ)と米国の映画プロデューサー、作家、ボストン・ジャパン・ソサエティ名誉会長のピーター・グリーリ氏を招き、50年以上にわたる日本と米国双方での生活や仕事、両国の橋渡しの役割を担ってきた両氏の国際文化交流についての意見が交換されました。


1991年に公開された、武満徹 (1968年ACCグランティ)のドキュメンタリー映像を紹介するグリーリ氏

グリーリ氏は、1978年から2016年までに自身が制作に携わった日本に関するドキュメンタリー作品の紹介から対話を始めました。各映像作品は、日本文化の新しい領域への扉を開くことになる彼のキャリアと人生のターニングポイントであったと説明されました。
グリーリ氏が特に取り上げて紹介した作品の一つは、日本の作曲家であり、1968年のACCグランティでもある武満徹氏の人生をたどった作品です。もともと武満は西洋音楽の影響を受けていましたが、米国での経験を経ることで、日本の作曲法にその価値を見出し、尺八や琵琶などの伝統楽器を取り入れました。
また、グリーリ氏の最新作である「灯籠流し (Paper Lanterns)」も紹介。長きにわたって失われていた事実である、広島で死亡した米国人捕虜たちの調査と、その家族との再会に尽力した歴史家、森重昭氏を追ったドキュメンタリーで、会場の聴衆を感動させました。

人生の多くの時間、米国と日本を行き来してきたグリーリ氏と槇氏の仕事や思想はまた、文化交流の産物でもあると言えます。グリーリ氏は幼少期(1974−1959)のほとんどを東京で過ごしましたが、一方、槇氏は1956年、ワシントン大学に若き教授として着任するにあたり初めて渡米しました。槇氏は「多くの生徒たちはG.I. Bill (復員兵援護法)によって大学に来ていましたし、私の生徒の何人かは私より年上で、中には日本にいたことがあった人もいました。」と語りました。その頃、まだ第二次大戦は依然として両国の人々に重くのしかかっていた状況ながら、槇氏は、「私が人と会う時は、年齢や人種など関係なく、お互い、ただの教師と生徒でした。人々は寛大で親切でした。ですから、その時多くの生涯の友にめぐり合うことができました。彼らの寛大さと親切さを、私は一生忘れることはありません。」と語りました。


ワシントン大学で教鞭と取っていたときの様子を紹介する槇氏。

槇氏のその後の建築作品には、この寛大さが反映され続けています。自身の作品を語るにあたり、槇氏は「私は無償の愛、unconditional loveに思いを馳せます。建築家として、常にクライアントから条件付きの愛 conditional loveを受けますが、私たちはそれをできる限り無条件のものに変換して作品にしようと努力しています。これは、映画製作者、アーティスト、そしてすべての人々の責務であると思うのです。」と語りました。
マサチューセッツ工科大学のメディアラボでは、生徒のために光を最大に取り込んだ環境とともに、近隣の人々が座ってくつろぐための公共空間の創造など、槇氏が自身の作品にこめるコミュニティへの温かい配慮に、その無償の愛 unconditional loveをわたしたちは見出すことができるでしょう。
槇氏が生み出す空間とグリーリ氏が紡ぐ物語はどちらも、すべての都市には独自のアイデンティティがあるという「都市のDNA」と呼ばれるものに密接に絡み合います。彼らの対談の中では場所と文化的アイデンティティの独自性を言及する一方で、コミュニティがよりモバイル性を高めグローバルになっていくその流動性についても強調されました。

槇文彦氏、ピーター・グリーリ氏、ACC理事とスタッフ

ACCエグゼクティブディレクター、ミホ・ウォルシュは、ACCの活動を紹介しつつ「私たちACCは、アーティストや芸術分野の研究者たちは、この社会においてお互いに繋がり共有することができる大変貴重な存在だと考えています。彼らの交流活動は、継続的な対話を可能にし、共感を生み出し、尊敬を育みます。これは、調和のとれた平和な世界を維持するために不可欠なものです」と話し、今回の対談のまとめとしました。

この対談は、二つの国と二人の人の互いへの尊敬と敬愛に支えられたものでした。槇氏が手掛けた、ニューヨーク世界貿易センタータワー4の巨大で穏やかなガラスの反射とともに時には周囲に馴染み消え入るデザインを例に、グリーリ氏は「ご来場の観客の皆様には、環境の中に消えていく建造物をつくる建築家の謙虚さと勇気について考えてもらいたい。これほどの謙虚さと真の偉大さを兼ね備えた建築家はいない。」と語りました。

ピーター・グリーリ氏と槇文彦氏のイースト・ウエスト・ダイアローグの映像は、こちらでご覧いただけます。