渡米中の竹内公太さん:2018年1月、ワシントン州トッペンにッシュにて、1945年3月10日付近で落ちた風船爆弾の動きを小型ドローンで "再演" する様子(撮影:Joel Neville Anderson)


 

綿密なリサーチをもとに、映像や写真、インスタレーション、ライブパフォーマンスなど多岐に渡る表現方法で作品を制作している竹内さん。記録や記憶を映し出す情報メディアの特性と人々との関係性、そこから引き起こる人間の感情や意識を見出そうとしています。

東日本大震災後に福島県へ移住し、東京電力福島第一原発の作業員として勤務しながら、発電所内のライブカメラを指差す「指差し作業員」の代理人としての活動・展開にも注目が集まりました。ACCでも支援を行うDon't Follow the Wind(福島での原発事故による立ち入り制限区域へ作品を置く「観に行くことができない展覧会」プロジェクト)にも参加されています。Tokyo Contemporary Art Award (TCAA) 2021-2023も受賞され、今後さらに楽しみなアーティストです。

ACCグランティ(助成受給者)としては2017年より6ヵ月間米国研修をなさっています。
当時のお話や制作への思いなどをうかがいました。

 



寡黙である代わりに

ACCにアプライ(応募)した理由は、もちろん具体的なプランや構想もありましたが、気持ちとしては「試したい」思いがありました。これまでの作品から、ときおり社会運動家(アクティビスト)と誤解されることもありましたが、僕はそうした連帯運動とは程遠く、社会の片隅で勝手に制作発表しているつもりでした。ただ、SNSを用いて誰もが盛んにつながり合って発言し合う世の中で、一方の自分は世の中に対して単なる傍観者なのか。斜に構えているだけなのか。それでいいんだろうかと反芻してもいました。社会的には寡黙でも、芸術としては雄弁でありたい。そういう考えはどこまで通用するのか見出したい思いがありました。

ACCでの渡米が叶い、帰国後これまで考えてきたことを「エコーシューティング 盲目の爆弾」と題して小冊子にまとめました。思索と感情をきちんと表明し、作品の動機を確認したかったんです。海外に出て、新しい視野、交流の中で自分を俯瞰し、きちんと言葉にしていけたことは本当によかったです。

 

国を越えての交流

2017年10月からNYに滞在した3ヵ月は、とても大切なものになりました。グランティをはじめ色々な人との交流を通じて、英会話、礼儀やマナー、一人でいると見失ってしまいそうな最低限の社交性を学ぶいい機会になりました。アーティストとして社会的に活動する上でとても大事なことです。人から支えられていること、人からもらった言葉なども見つめ直しました。ACCの皆さんはじめ、ご紹介頂いた方、偶然巡り会った人も含めて本当に素晴らしい人たちに出会い、僕は結構変わったんです。ブツブツ陰で独り言を呟いてはうつむくような面もある人間でしたが、初対面の人と挨拶して交流することを楽しいと思うようになりました。

僕がNYで出会ったミャンマー人アーティストは、明るく社交的で、ユーモアのある人です。ミャンマーに関するリサーチもしていて、彼にも協力を仰ぎ、歴史・地域・文化に直接触れたいと思っています。今のミャンマーの国内動向には注目しています。同国で苦境にある人々が一日でも早く平穏で自由な暮らしを取り戻せることを願います。

 

風船爆弾の作品

翌年1月〜3月は、レンタカーでおもにワシントン、オレゴン、ユタ、アイダホなど西海岸~中西部を巡り、調査、撮影を行いました。
それは「風船爆弾」についての旅です。戦時中、日本軍は米国を攻撃するために風船に爆弾をくくりつけた兵器を作り、それを千葉、茨城、福島から約9,300発空に放ちました。そのうち数百発ほどが偏西風に乗って北米大陸に到達したそうです。2013年ごろ僕は初めてこの歴史を知り、調査を重ねてきました。実際に風船が落ちた場所を訪れ、公文書に残された証言記録に従って、風船の最後の動きはこうだったんじゃないかとドローンを使って演じてみるような撮影を各地で行いました。
 


竹内公太「盲目の爆弾、コウモリの方法」(2019-2020)からのスチール写真

 

遠隔兵器とSNS

風船といえばのどかで平和的なイメージですが、爆弾はそうではない。風まかせで飛ぶこの爆弾を放った側は、相手の姿を直接見ることはありません。そうしたことを考えていくと、現代のSNSも相手を見ないで放つ飛来物のようだ、といったことが思い浮かびました。風船爆弾は兵器でありながらメディアのようで、SNSをメディアでありながら兵器に近いと感じるような、そうした循環を見出したんです。メディアと人間との関係や、遠隔コミュニケーションについて考えています。

また、過去のことを調べて見出された知識が今からするとどういう意味を持っているか、過去というレンズを通すと現代はどう見えるか、そういう視点が持てることは芸術の意義のひとつだと思い制作を重ねています。

 

北米大陸のドライブ

州を越えて何千キロもドライブしたわけですが、当初は無謀にも〝自転車〟で周ることを考えてまして……土地の広大さや移動時間を身体感覚としてわかっていなかったんですね。映画やドラマなどで何度も米国を観ていますが、人が移動する時間やシーンは大体カットされて描かれてないからでしょうか(笑)。ACCスタッフの方に、自転車ではキビシイとアドバイスを受けまして……車の免許もなかったので、渡米前にまず教習所に通いました。

実際に風船爆弾の落ちた場所を訪れると、その多くがだだっ広い荒野だったり、山と低木みたいな殺風景とも言えるところでした。作品の中では、時間をかけてそこを見せるようにしています。この国にはこうした広大さがあって、居住地はまばらに点在しています。そうした中で、風船爆弾の犠牲となられた方々がいて、目撃者がいて、米軍が緘口令を敷いたり、日本軍は記録を隠滅し……。

物事を様々な角度から、遠くで見たり近くで見たり、それを繰り返すと情景が立体的に見えます。すると必ずどこかで自分の誤解と違いが体感として見出され、メディアとは何なのか、映像と身体感覚といったことを考える契機が生まれます。長時間の殺風景なドライブは、こうした表現に関する気づきがあり、また米国という国を理解する意味でも、いい経験になりました。
 


画像:ワシントン州リッチランドでドライブ中の様子
(撮影:Joel Neville Anderson)

 


今後について

先ごろ受賞したTCAAでは、海外での活動と東京都現代美術館での展覧会といった支援があります。僕は再度渡米し、風船爆弾の調査と作品の続きをしようと考えています。ACCでもらったものが、作品と自分の中に息づき、今も継続しています。感謝申し上げます。


(取材・構成 松平節)

*諸事情により、一部内容に加筆修正を加えさせていただいております。

 


 

竹内公太(たけうち こうた)
1982年兵庫県生まれ。2008年東京芸術大学美術学部先端芸術表現科卒業。現在、福島県いわき市を拠点に活動。主な個展として「Body is not Antibody」(2020/ Snow Contemporary)「盲目の爆弾」(2019/ Snow Contemporary)「メモリー・バグ」(The Arts Catalyst・UK)、グループ展に「2017 Asian Art Biennial」(台湾)「MoTコレクション After images of tomorrow 2013」(東京都現代美術館)、Don’t Follow the Wind(東京電力福島第一発電所事故に伴う帰還困難区域某所)など。2021年「Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023」受賞。
作家ホームページ:http://kota-takeuchi.net



会報誌「ACC Japan通信 2021年5月号」からの転載記事
P2〜3. グランティ・インタビュー

「ACC Japan通信 2021年5月号」PDFはこちらから。